2011年12月15日

江戸のしぐさ

今 思 う                  
二学期も終わろうとしています。今年は、三月十一日には大きな地震があり、津波があり、そして原発の問題がありました。札幌は大きなことにならず、東北からの転園の子ども達に対する処遇を考えてあげられる立場にありました。そのような中でも、子ども達は元気に遊び、健やかに成長していることと思います。

最近「三つ子の魂百まで」という事はないと言われ始めています。でも大切なことなのに、どうしてなのかと思っていました。そんな時に、江戸町民の「子育てしぐさ(思草)」ということに出会いました。町民特に丁稚奉公をする子どもたちに対しての子育てしぐさなので、今の子育てとは違うと思うところはありますが、江戸時代ならではのものと思いつつ、今にも通じるものはたくさんあると感じました。

「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)で末決まる」というものです。

「三つ心」とは、江戸の聴衆は、人間を脳・体・心の三つからなっていると捉
え、心は脳と体を結びつける糸のようなものと考えました。そこで、三歳まで
に、この糸を綿密にはらせようとしました。
 心がなければ人形で、人間ではないという認識があったようです。

三歳までに子ども達の人格は決まってしまうので、十分愛情を注いで、人に思いやりのある子に育てましょう。

 「六つ躾」とは、六歳までに、三歳で張った糸を自由に動かす動かし方を訓
練させました。従来しぐさや日常茶飯事のしぐさなど、癖となるまで繰り返し
訓練し、身に付けさせました。

六歳までに挨拶の仕方や箸の持ち方から始まって、一通りの躾を済ませておきましょう。 
  
 「九つ言葉」とは、九つまでには、商人の子どもらしい挨拶、大人のことは、
世辞が言えるようにしました。世辞とは、現代のお世辞とは違って、「○○さん、
こんにちは、今日は暑いですね」などの挨拶や「お身体は大丈夫ですか」など
の相手を思いやる言葉を付け加えていくことができるという事です。

九歳までには、どのような人にも失礼でない言葉遣いができるようにしましょう。

  「十二文」とは、十二歳までに、主人の代書(注文、請求書や苦情処理な
ど)ができるようになる。商家の主人にどんなことがあっても、すぐに代行で
きるようにするためなのです。

十二歳までに、いろは四十八文字の手習いから始まって、数字、納品書、請
書苦情処理書など、さまざまな用途にわたる手紙の書き方をマスターしておきましょう。

 「十五理」とは、十五歳では、物事の道理(経済・物理・科学・心理など)
が理解できるようにさせる。この年齢になると、その子の将来がわかってきま
す。商人に向く子ども、学者の道に進む子・その他の道に進みたい子どもの様
子が見えてきます。子どもの個性を尊重して、能力を洞察し、将来を見抜いて、
その子にあった道に振り分けるのが、寺子屋の師匠の務めだったそうです。

十五歳までに暗記ではなく、こうした諸々のことが理解できるようになっていないと、将来商人として使い物にならないことでしょう。

このような江戸のしぐさとして、家庭で育て、丁稚として育ってきて、一人前の商人になっていったこのことは、数え年で行っているのだろうという事を考えあわせても、年齢に合わせていったものは数少ない子育ての指針だったようです。

 育つときには育つのだから、その子どもに合わせて様子を見ていればいいという個人重視の考え方も大切ですが、伝えていかなければわからないこともたくさんあります。伝え、様子を見て、伝えたことが少しでもできた時には認めていくことを繰り返すことによって、子どもは育っていくのだと思います。そして近くにいる大人は、良いモデルとなっていくことが大切と思います。           芝木 捷子

posted by 園長先生 at 08:33| 北海道 雨| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

ストレスについて

今 思 う                  芝木 捷子

1学期も終わろうとしています。夏休みに入りますが、長期のお休みも預かり保育は、8月15.16日を除き毎日あります。全ての先生が休暇というわけにはいきません。研修会で研究発表をしたり、研修会に出席したり、子どもに関わること、園の仕事はたくさんあります。また、一学期の子どものこと、園のこと、自分のことを反省し、次に向かうための準備の時間を持つことができる貴重な時間となります。


最近、「ストレス」ということが気になっています。いろいろな時にストレスがたまってと言います。子どもにもストレスがあるのだろうか。子どもにもストレスがあると考えたとき、イメージだけでストレスは悪いものと考えているところがありました。


人間が生きていくうえで、ストレスのない生活というのはあり得ないことでしょう。生きている限り、いろいろなストレスにさらされています。その中で、ストレスの力を得て、成長していくこともあります。ストレスをすべて取り除いていくことは、大切なものを得るために必要なことも、取り除いてしまうことになるかもわかりません。

子ども達の成長過程で、身に着けていかなければならないことがたくさんあります。
食事の仕方、
衣服の着脱、
排泄
その他にもいろいろなことの方法を身に着けるうえでも、その子によってはストレスになることがあります。

三月の地震津波によって受けるストレスは、大人も子どもも変わらないと思います。子どもは大人などの前で我慢しているのかどうかも分からず、にこにこして過ごしています。表現の仕方がわからないのです。
時間がたってから身体的なものに出てきたり、精神的に不安定になったりすることがあります。
大人は、子どもの状況から、それがストレスからくるものと考えにくく、不安になってしまうことがあります。


ストレスとは、人間が新しい環境条件に自らを適応させるために行う主体的な努力の結果であると言われています。
ストレス学の父と呼ばれたH.セリエは、ストレスのことを「生体に発生するひずみ状態」といい、さらに「人生のスパイス」と表現している。また、「ストレス」とは、なんらかの力が外から加わって、ボールにゆがみが生じたときのような状態のことを言います。この時、このような状態の元になる力を「ストレッサ―」というのだそうです。

子育てに関するイライラ度の四つの原因
1.子どもの側に原因
・子どもが泣く 
・子どもが言う事を聞かない 
・子どもが落ち着かない 
・子どもの集中力がない 
・子どもがわがままを言う
2.親自身に原因
 ・子どもへの接し方がわからない 
・ストレスがたまりやすいと感じる 
・何か忙しいと感じる 
・体調が悪い
3.家族に原因
 ・親戚づきあいが苦手 
・一人で子どもを育てていると感じる 
・嫁・姑関係がうまくいっていない 
・経済的に厳しい 
・兄弟のケンカ
4.環境に原因
 ・部屋が汚い 
・近所づきあいがうまくいかない 
・保護者、先生とうまくいかない
などがあります。これらを解決することが、ストレスとなっていくこともあり
ます。

 最近、年長の子どもが、「幼稚園に登園したくない」という子どもがいました。
活発な子どもで、遊ぶときにはリーダー的な子どもです。どんな遊びも楽しく
友達からも好かれる子どもです。何が原因なのだろうと考えました。その子に
は、兄がいます。のんびりで自分のペースを大事にする兄でした。親が兄さん
に対してたくさん言葉をかけ、なんでもよくできる弟には、一人で遊んでいて、
が続いたのだと思います。自分にも声を掛けてほしかったということが、今に
なって気持ちが一つの形となって出てきているのではないでしょうか。子ども
はその時々は気持ちの変化を表現できないし、読み取りにくいものですが、子
どもに添っていくことで、子どもを理解していきたいものだと思います。
また、ストレスとうまく付き合っていく方法保身に付けることができるように
なりたいものです。


posted by 園長先生 at 20:58| 北海道 雨| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

日本の心

 三学期も終わろうとしています。

三月に入ると年長の子ども達から、あと何日かなという声が聞こえてきます。先生達の気持ちが、子どもの気持ちを動かし、言葉となるのだと思います。

 卒園式をどのようにしようかと計画を立てます。送り出してあげるのは、笑顔とたくさんのお祝いの言葉で送り出してあげたいのですが、卒園式当日になると、二年前・三年前に入園してきたときからの、成長してきた子どもの姿を思い、送り出すお祝いの気持ちよりも、お別れすることが主となり、とても悲しくなってしまいます。
 先生の涙を見て一緒に悲しくなってしまう子どもも出ます。私は、このように表現するのは日本人の表現なのだと思います。
 今年の1月8日から15日まで、北海道私立幼稚園協会で行う海外研修に参加させていただきました。
 場所はシンガポールで、三か所の幼稚園と、幼児教育教諭協会(AECES)を見学し、研修することができました。
 シンガポールは、多民族、多言語であると同時に実力主義の国で、競争社会です。
 言語は国際言語である「英語」と各民族の文化言語である「民族語」(華語、マレー語、タミル語)による二言語教育を行っています。今は、中国の勢いがよいため、華語を希望する人が多いと言われていました。

 日本人幼稚園やインターナショナル幼稚園(日本人の多い幼稚園)では、日本語を主体に生活し、英語を取り入れていますとのことで、日本の養成校を卒業した先生や日本語がわかる先生がいました。
 
 見学したのは、1月10日でしたので、お正月の飾りがしてあり、お餅つきをする、また、羽根つきやコマ回しをして遊んでいました。
 日本を知るという事をとても大切に取り扱っていました。私達は、いつでも触れることのできるものと感じているため、子ども達に伝えることも、少なくなっているのかなと思いました。
 家庭でも祝祭日の意味を考えお休みしているかというと、考えは薄くなっていると思います。
 国として、祝祭日の意味というよりも、祝日の休みをどのようにとろうという事に重点が置かれるので、ハッピーマンデーの考えが起こってくるのです。

 日本人は、日本語をどのくらい大切に扱っているだろうか。赤ちゃんは、お母さんの言葉によって、いろいろなものを獲得していきます。言葉もお母さんの言葉を聞きながら覚えていきます。
 英語で、自分の国の言葉を「マザー・ダング(mother tongue)」といいます。
 「母の言葉」という意味で、子どもは母の言葉で育つという意味と重なってきます。
 
例として、二点あげてみます。

 最初に、H氏は、日本の大学に来て英文学を教えていたイギリス人です。生まれたばかりの女の子がいました。二年ほどして、H氏は、突然イギリスに帰ると言い出し、周りの人をびっくりさせました。
 H氏は責任感の強い人で、契約の年限はまだ一年あまり残っていた時の辞意だったのです。H氏は理由として

「このまま日本にいると、娘の英語がおかしくなる心配があるから、手遅れにならないうちに、本国に帰りたい。契約通りに努められなかったことについてはいかなる処置も甘んじて受ける」というものでした。
 日本にいては、英語がおかしくなる。それを避けるためには、親は大切な仕事を犠牲にすることも辞さない、というH氏の気持ちがあってこそ、英語を大切にした社会ができるのだと思います。
                          (子育てはことばの教育から 外山滋比古参照)

 次に二月の初めに、当園にメールが届きました。
 アメリカに住んでいる5歳の双子男児を持つ者です。六月に里帰りを考えているのですが、その間一-二週間ほど、そちらで体験入学のようなものがあるのかと思いメールいたしました。
 ふたりとも日本語を話し、ひとりは読み書きも少しできるような状態ですが、最近どうも日本語が同年齢の子と比べ、おぼつかない部分があり、もし機会があれば少しでも日本の幼稚園に通わせてみたい、と切に願っています。

 お母さんと連絡を取りました。日本語を話せることが大切だと考えています。
 いつどんな時に日本に戻るかわかりません。帰国子女たちが抱える、言葉がわからないから、学習がわからない、という事にはしたくない。日本人として、日本語を大切にし、日本の文化を大切にできる子どもになってほしい、とのことでした。
 
 これら二つの例を見ても、日本語を大切にし日本の文化を大切にし、日本の心を大切にしていくことが、これからも考えていかなければならないことだと思います。

posted by 園長先生 at 11:37| 北海道 曇り| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

気になるアスペルガー


現在子ども・子育て新システムについて検討されていますが、子どもの教育のこと・保育のことをどのようにしていくのかよいのかということを、幼稚園・保育園という枠の中で考えるのか、どこの部分で一体になっていくのか検討されているところです。いつ結果が出るのかと思います。これは他人ごとではないのです。全日本私立幼稚園連合会として、どの方向で考えると幼児教育が担保されるのかと検討中ですが、一人ひとりの先生たちがどのように考えたらよいのか、子ども達の姿を通して考えたいと思います。


 最近気になっていることの一つに、発達障害の子ども達のことがあります。その中でも[アスベルガー症候群]の子ども達のことがわかりにくく気になります。
アスベルガー症候群の特徴
1.知的な遅れが目立たない 
 アスベルガー症候群は、自閉症の中でも知的な遅れが目立たないため、通常の幼稚園に通っている 子どもが多くいます。見た目では、自閉症ではないように見える子どももいます。

2.言葉についての特徴
 アスベルガー症候群の子どもは、同じ年齢の子どもと同じくらいの言葉を使うことができます。驚 くほど難しい言葉や漢字を知っている子どももいます。実際には言葉の意味を理解していないこと もあります。
 2つ以上意味のある言葉については、そのうちの一つしか覚えていないということがあります。
 また、人の気持ちを想像することは難しいので、他人が気にしていることでも平気で言ってしま  い、相手を怒らせてしまうことがあります。相手が自分と同じことを知っているかどうかを考えず にどんどん話し続ける人もいます。

3.こだわりなどの特徴 
 アスベルガー症候群の子どもは、いつも決まった道や順序を守ることへのこだわりの強い子どもが います。決まりや時間をしっかり守ろうとします。それは自分だけでなく、周りの人が決まりを守 らなかったときに、厳しく注意するという形であらわれることがあります。

4.人との付き合い方の特徴
 あまり人と一緒に過ごそうとしない。一人でいることが多い。自分から他人に近づかないけれど、 相手が誘ってくると受け入れることのできる子どももいる。
  また、人に対する興味がとても強く、知らない人にでも近寄ってしつこく質問をして相手を困ら せることもある。どの子どもも相手の気持ちを感じ取ったり、自分の気持ちをうまく表現すること ができない。

5.同時に二つ以上のことをするのが苦手
 アスベルガー症候群の子ども達は、同時に二つ以上のことに注意を向けて行うことが苦手です。本 を読んでいたり、遊びに夢中になっていると、呼ばれても聞こえません。無視しているのではな  く、本当に聞こえないのです。

6.周りの人が気をつけたいこと
 特徴を知らないで、いじめられたり仲間はずれにしたりすると、アスベルガー症候群の子どもは、 心に傷を受け、別の心の病気を引き起こすことがあります。

7.アスベルガー症候群の子どもの得意なこと
 繰り返し何かをすることに強い子どもがいます。興味のあることは長時間集中できます。自分の好 きなことに集中することには優れていて、得意な能力をのばして、研究者になったり、ある分野で 素晴らしい才能を開かせることもあります。

 これらの特徴を考えるとき、今の多くの子どもも、また大人もこの中のいくつかを持っている人が多くいます。私などは、ほとんど当てはまるのではないだろうかとドキドキしてしまいます。
 これを障がいと診断される時と、性格といえる時とではどのように違うのかと悩んでしまいます。

 私自身の経験で、約束事を守っているのに、守らない人がいたときに注意したら、なんでそんなこと言われなければいけないのとなり、一年以上も不仲になってしまった経験があります。若さで許すことのできなかった私がそこにいたのだと思います。

 毎日同じことを、パターン化したように行わなければならないのは、障がいがあるからと言えないこともあるでしょう。

 こんな特徴がある子ども、こんな行動をする子どもという考え方で、子ども達、そして周りの人たちと接していきたいものです。
     (参照 アスベルガー症候群のおともだち ミネルバ)書房

posted by 園長先生 at 09:40| 北海道 晴れ| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月17日

2学期に向けて

 夏休みも終わり、二学期が始まります。成長した子どもたちと良い時間を過ごすことができるという期待を持って子ども達を待っています。

 この一学期は、親の状況がこんなにも変わってしまったかという経験をしました。入園前には、名前を名乗らずに何度も、何人かの方からともなく、電話がかかってきます。
 電話がかかってくると長時間の話になります。内容は、自分で決めてよいことが決められず、どうしたらいいのかなのです。
例をあげると、
入園式は何を着ていけばいいのですか。
用意する袋はどんな生地で作るのですか。
制服の下には何を着ていけばよいのですか。
上靴名前はどこに書けばいいのですか。
一つ一つについて、丁寧にお返事をするのですが、何日かするとまた同じような内容で電話がかかってきます。何度もかかってくるのです。

 入園してからは、担任に電話がかかってくるのですから、名前を名乗るようになりました。内容は同じようなものです。「〜のことはどうしたらよいのか」がほとんどです。
 また、わが子のことが心配なので、幼稚園にいる子どもの様子を参観してもよいかということがありました。いつもですといいですよ、と言うのですが、子どもによっては、親をみると大泣きすることがあります。それを見ていて、クラスの子ども達も不安になるということがあって、「参観はもう少し落ち着いてから(お母さんを見ても泣かなくなってからにしてください)と話したところ、参観できないのはおかしい。わが子を見てどうしてだめなのかとのことでした。

 「子どもの気付かれないように見ますから」とおっしゃるのですが、子どもからも先生からも、親が見ていることがわかる状態で、子どもが泣いてしまうということがありました。
 親は子どもを幼稚園に入園させたいと思っても、自分で確認していかなければだめだと思っていらっしゃるのだと思い、納得がいくまで親のしたいことをしてもらいましょうということになりました。

 子どもの成長は目覚ましいものです。乳児にはすべてのことを、親がお世話をしていかなければなりません。完全に保護するということになります。子どもが少しずつ自分のことができるようになります。
 一人で歩けるようになる、
 着替えができる、
 一人で食べることができるようになる等、一
度にできるようになるのではなく、少しずつできることが増えていきます。

食べさせていたものが、手で食べるようになり、フォーク・スプーンを使えるようになる、また、小さくしなければならなかったものが、自分で噛みきれるようになるというように、ゆっくりではありますが、少しずつできることが増えてきます。

 できることを見守り、できることを認めていくことが大切で、いつまでもできないからと手を出していたら、いつまでもできない子になってしまいます。
 幼稚園ではできていても、親の前ではできなくて、手を出してお世話をしていることで、親も満足しているケースがあります。親の前ではできない子を演じてしまいます。できない存在でいるしかないのです。子どもが成長するのと同じように、親も成長してほしいと思います。

 特別支援を必要としている子どもも、その子どもの方法で、ゆっくり出来ることを増やしていきます。すべて手をかけていると、自立していくことができません。
 先生が手をかけていると、子ども達も同じようなことをします。お世話をしてくれて「ありがとう」と言うと、すべてのことに手をかけてくれます。

 子どもはお手伝いし、感謝されることでいい気持になるのです。そんな時に「ご飯を一人で食べることができるのに、全部食べさせてもらったらいい気持になるかな」「ならないよね」「やりにくそう・遅くなりそう・困っているかなと思う時にお手伝いしてあげるととてもうれしいと思うよ」と話すことがあります。

子ども達は、自分のことと同様、相手のことをよく考えて一緒に遊ぶことができます。考えていないかもわかりません。直感かもわかりません。
 親は、わが子に手を掛けお世話するのは、自己満足のためということがあります。

 手をかけることの次には、気をかけて自立を見守っていける親でいてほしいと思います。
 私たちも、今日の子どもは、昨日の子どもと違うよということを大切にしていきたいです。

posted by 園長先生 at 10:49| 北海道 霧| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

人は人の中で

今 思 う                  
今年度も終わろうとしています。子ども達は、その子なりに成長し、卒園・進級しようとしています。

最近書店をのぞくと、障がいに関するものが多く並んでいます。子どもに関するものも多くなりましたが、大人の発達障害に関するものが一般の本と並んで出てくるようになりました。
大人のアスペルガー症候群(監修佐々木正美・梅永雄二)の中に、アスペルガー症候群の特徴は、大きく三つに分けられます。広汎性発達障害全般の特徴として提唱されたものです。
よくも悪くも目立つ、三つの特性
 コミュニケーションの特性
  よい面―素直で正直、思った通りのことをくちにする。
      興味のあることについてはどんどん発言する。
      独特の感じ方をする。
つらい面―言葉を字義通りに理解する。たとえ話を本気にする。
     人の話を聞けない。聞いて理解するのが苦手。
     表情や身振りに鈍感。他人の意図を読み取れない。
社会性の特性
よい面―自由に発想できる。天真爛漫な生き方をしている。
    行動力がある。やりたいことに向かって一直線。
    人に流されない。一人でも怖がらずに行動できる。
つらい面―友達ができない。それを寂しいとも思わない。
     人と共感しない。人の気持ちに興味が持てない。
     社会常識やマナーが、なかなか身につかない
想像力の特性
よい面―一定の作業を正確に、緻密にこなせる。
     好きなことには、優れた集中力を発揮する。
     反復作業、単純作業をいとわない。
つらい面―興味のかたよりが強く、頑固な面がある。
     臨機応変な対応ができない。予定通りを好む。
     決まりを守りたがる。融通がきかない。
その他の特性
    運動が苦手、感覚的なこだわりが強い、生活習慣が乱れやす    いなど。

これを読みながら、心に問題があるのではなく、脳機能のかたよりによって起こる症状ですが、現在目の前にいる幼稚園園児、父母の方々、その他の方々とお付き合いしていく中で、この特性として上がっていることが、たくさんの人々の中に見られるようになっています。
 
 一人でいるときには困ること、つらいことは発生しないのですが、他人がいて自分がいるという、集団になるとつらい部分が出てくるのです。脳の機能としての問題と捉えるときには、つらい思いをさせないような接し方をしていきたいと思いますが、周りの人の多くがこの中のいくつかの特性を持っていたら、どのように関わっていったらよいのか考えてしまい、関わりにくくなってしまうのではないかと心配になります。

 生きていく力をつけていくとき、個人の生きる力はとても大切なことですが、集団の中で、自己表現をしていくとき、相手のことを視野に入れながら表出していけるようにならなければいけないのだと思います。これは、幼児の時から育っていく環境が大切なのだと考えられます。

幼児教育をしていくときに、人は、人の中にいて、人として育っていくのだということを心にとめていきたいと思います。
 
posted by 園長先生 at 13:40| 曇り| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

年の初めに

  あけまして おめでとう ございます
 今年も一年、皆様にとりまして、良い年となりますよう、心より祈念申し上げます。

 昨年は、本当に色々な事がありました。政権交代になったことは、一番大きなことだったと思います。そのために変わっていくこと、代ると言われながら、どのように変わるか明確になっていないものなど、早く知りたいと思っても、なかなか判らず、落ち着かず、不安定なままになっているものが沢山ありました。
 事件、事故も防ごうと努力していることもあり、起こると大きなものになっているような気がいたします。

大きく変わるものはさておき、身近なことに目を向けていくと、最近感じるものは、「健康」ということです。祈願するときなども「健康でありますように」と願います。
会話の中で、「健康ですか」の問いに、誰でもがどこかが悪いと答えることが多いように感じます。
 虫歯がある。頭痛持ちである。胃がすっきりしない。咳がよく出る、身体のあちこちがこっていてすっきりしないなど、毎日の生活の中で、病院にかかるほどではないけれど、すっきりしないものがあるという人が沢山いることと思います。

 卒園した子どもの中に、筋ジストロフィーの子どもがいます。今では大学生になっていますが、その子は、小学六年生まで毎年運動会を見に来てくれました。その時の会話の中に、「○○君、元気」という質問に、「僕元気だよ、先生は?」という答えが返ってきました。ベルトで固定しなければ座位も取れず、四肢で動くのは指先だけだった子どもが、「元気だよ」という言葉、動かないことはその子どもにとっての本来の体で、そのことを踏まえた上で、今は病院にかかることもなく、元気にしているよという言葉になるのだと思います。

 私達の元気、元気ではない、病気、病気ではないということは、本心からそう思っているのだろうかと考えたくなります。
病気でも、元気だと表現していなければならない社会もあります。自覚できなくて、自覚したくなくて元気だと思い込んでいることもあります。

心身ともに健康でなければ、良い考えは出てこないと思います。心身ともに健康でなければ、真の笑顔になることができません。

今の自分を大切にし、どのようにすると元気でいられるのか、眼鏡をかけると、薬を飲むと、食べ物を工夫するとお医者さんと仲良くすると元気でいられるとしたらとても幸せなことです。
一人でいると、元気なことを認めてもらうことができません。人との繋がりのなかで、お互いの元気を認め合い、一年笑顔で過ごすことができますよう、祈念申し上げます。
posted by 園長先生 at 09:55| 曇り| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月30日

子どもの虐待について

 札幌市子どもを守るネットワーク会議に出ることがあります。
20年度は、
身体的虐待116件(18.7%)
心理的虐待111件(17.9%)
性的虐待   5件(0.8%)
ネグレクト389件(62.6%)になっています。

 主たる虐待者、
実父 153件(24.6%)実父以外の父親 62件(10%)
実母 394件(63.5%)実母以外の母親 10件(1.6%)

 被虐待児の年齢構成
3歳未満 117件(18.8%)
3歳〜就学前 163件(26.3%)
小学生 214件(34.5%)
中学生  94件(15.1%)
高校生その他33件(5.3%)となっています。

 前記のように。0〜6歳の子どもが、虐待にあっている件数が、他の年齢と比べても一番多いのです。
 命にかかわるような虐待については、ニュースになりますので、誰もが知っていることと思います。その被害者は乳幼児に間違いありません。
 通報件数は、582件で、通報のうち虐待認定は、160件となっています。通報するのは近所・知人が多くなっています。10%は学校などとなっています。幼稚園もその何%かになっているのだと思います。児童相談所などには、幼稚園からの被害届がとても少ないということです。
幼稚園で遊んでいる子ども達は、明るく元気に遊んでいることが多いです。虐待となる、身体的なもの、ネグレクト、心理的なものについて、該当しないかなという見方をあまりしていないと思います。
・毎日毎日、同じ洋服を着てくる。
・お風呂に入っていないようで、長くなると匂いがしてくることもあ る
・お弁当の内容に問題がある
・友達といても、明るく遊ぶことができず、理由はわからないけれ  ど、悲しそうである
・友達が何もしないのに乱暴な行為が多くなる
・親が幼稚園とのかかわりを持とうとしない
などのことがあった時には、家庭において何か問題はないかと考えなければならないのだと思います。
 これらのことは、私が経験した事です。虐待を疑い、子ども達が、園生活を楽しんで帰ってくれるだけでいいと思える子どももいました。
ただ親と話をすると、「自分は、しつけは厳しくしなければいけない」と思います。「子どもは厳しすぎと思うかもわからないけれど、今しつけをしなければいけないのです。」と言われると、次の言葉が出なくなりますが、しつけと思っていることでも、注意しているうちに過剰になり、虐待になっているかどうか、わからなくなっていると言うことがあるのかもわかりません。そのことが常習的に行われると、虐待として取り扱われることになります。

 どんなに虐待されても、子どもはお母さんのことが大好きなのです。大好きなお母さんに「いい子」と思われていたいのです。身体が傷ついても、心が傷ついても、我慢していることで、お母さんの怒りが治まると思っているのです。

 先日、子ども達に朝ご飯を食べてきているかと尋ねたところ、一人だけ食べてきていませんでした。「早寝早起き朝ご飯」ということの会議の折、保育園の園長先生が、「就業形態によって生活の時間帯が変わるので、夜遅くに食事をすることになり、朝食をとらずに保育園に連れてくるケースも出てくると言い、早寝早起き朝ご飯などと言われてもできないことになる、」と言われました。幼稚園に通園している子ども達の中にも、時には朝食をとらずに登園してくる子どももいますが、家族で食卓に着くことのできるその時間は、とても大切な時間なのだと思います。
来年もまた、心豊かに人とふれあえる年にしたいと思います。

 
posted by 園長先生 at 14:40| 曇り| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

子どもが見えますか

子どもが見えていますか
子どもは、毎日変化しています。その時々の行動と、気持ちが見えますか。
親は、自分に都合の良い見方で見ていないでしょうか。見ているつもり、解ったつもりになっていませんか。
 子どもは、「お母さんはね、黄色信号になったら止まるのよっていうけど、お母さんは、黄色信号になっても渡るよ。先生おかしくない?」子どもは親のことをよく見ています。
 そして親に認めてもらえるように、親が望むような子どもでいられるように努力するのです。
 最近親子で歩いているときに、親は携帯電話を使いながら子どもの前を歩いている場面を見ます。子どもの前を歩いているときは、子どもがどのように歩いているか、全く気にならない様子です。会話に夢中になると、子どもが一緒に歩いているかも気にならなくなっていることでしょう。
 後ろで子どもが転んでいたら、遊んでいたら、間に車が割り込んで入ってしまったらと思うだけで、心配になるのは老婆心からでしょうか。
 携帯電話をはずしていると、親の横を歩いているときは、お話をしながら歩くこともできます。親の前を歩いているときには、声をかけることが出来ます。子どもはどんなに気持ちでいるかな。
posted by 園長先生 at 10:33| 雨| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

 雨ニモマケズ

今思う                  芝木捷子
 今年度も終わろうとしています。年長の子ども達は、カレンダーを見ながら、「あと何日幼稚園に来られるのかな」と話しているのを耳にします。
 子ども達の遊びを積み上げていくことに集中していると、あっという間に日にちが流れていくように感じるのは私だけでしょうか。
先日小田豊先生(国立特別支援教育総合研究所 理事長)の講演の中で、国立特別支援教育総合研究所の方々で作られたもので、作者不詳として紹介されました。

・ 雨ニモアテズ
・ 風ニモアテズ
・ 雪ニモ夏ノ暑サニモアテズ
・ ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ
・ 意欲モナク 体力モナク
・ イツモブツブツ 不満ヲイッテイル
・ 毎日 塾ニ追ワレ テレビニ吸イツイテ 遊バズ
・ 朝カラ アクビヲシ
・ 集会ガアレバ 貧血ヲ起コシ
・ アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテ カエリミズ
・ 作業ハ グズグズ
・ 注意散漫スグニアキ
・ ソシテ スグ忘レ
・ リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニ 閉ジコモッテイテ
・ 東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ
・ 西ニツカレタ母アレバ 養老院ニイケトイイ
・ 南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ
・ 北ニケンカヤ ソショウガアレバ ナガメテカカワラズ
・ ヒデリノトキハ 冷房ヲツケ
・ ミンナニ 勉強 勉強トイワレ
・ 叱ラレモセズ コワイモノモシラズ
・ コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ

 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の変え詩なのですが、とても的を得ているものと思いました。
 このような行動は、現在少なからずあることです。困った行動を並べると、このようなことが言えるのだと思います。

子ども達は、幼稚園での遊びはとても元気に自分で考えて進めています。その中で、先生の話を聞くことができ、友達と遊ぶことができ、何をするのも自分の力で活動を進めることのできる子どもがいます。

 先生からも、保護者からも『いい子だね』という見方をされている子ども達です。
 何でもできて、先生をはじめ、まわりの大人からもあまり声をかけられなかった子どもが、ある時気がついたら、とっても頑張っている自分に気づき、いい子・いい人でいることに疑問を感じることがあります。その時になって、自分だけがどうしてというところにいきつき、考えもつかない行動になってしまうことがあります。

 おかしなたとえですが、事件を起こすような人が、いい人だったのに、勉強もできて、友達ともうまく付き合っていたのに等の声を聞くことがあります。それなのにどうしてと考えたとき、本当は我慢して頑張っていた自分に気づくのだと思います。我慢したり頑張ったりしていたことが積もり積もっていたということがあります。

 手のかかる子どもほどかわいい、または、困ったことがある子どもは、手元から離しておくと心配などということがあります。それとは逆に、過保護のために自立心が育たないという子どももいます。その人にとって、ちょうど良い付き合い方というのはとても難しいことです。
 もうすぐ、新年度、新しい園児を迎えます。その子ども達にとって、ちょうど良い接し方を模索していくことになります。
posted by 園長先生 at 15:19| 曇り| 今思う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする