二学期も終わろうとしています。今年は、三月十一日には大きな地震があり、津波があり、そして原発の問題がありました。札幌は大きなことにならず、東北からの転園の子ども達に対する処遇を考えてあげられる立場にありました。そのような中でも、子ども達は元気に遊び、健やかに成長していることと思います。
最近「三つ子の魂百まで」という事はないと言われ始めています。でも大切なことなのに、どうしてなのかと思っていました。そんな時に、江戸町民の「子育てしぐさ(思草)」ということに出会いました。町民特に丁稚奉公をする子どもたちに対しての子育てしぐさなので、今の子育てとは違うと思うところはありますが、江戸時代ならではのものと思いつつ、今にも通じるものはたくさんあると感じました。
「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文(ふみ)、十五理(ことわり)で末決まる」というものです。
「三つ心」とは、江戸の聴衆は、人間を脳・体・心の三つからなっていると捉
え、心は脳と体を結びつける糸のようなものと考えました。そこで、三歳まで
に、この糸を綿密にはらせようとしました。
心がなければ人形で、人間ではないという認識があったようです。
三歳までに子ども達の人格は決まってしまうので、十分愛情を注いで、人に思いやりのある子に育てましょう。
「六つ躾」とは、六歳までに、三歳で張った糸を自由に動かす動かし方を訓
練させました。従来しぐさや日常茶飯事のしぐさなど、癖となるまで繰り返し
訓練し、身に付けさせました。
六歳までに挨拶の仕方や箸の持ち方から始まって、一通りの躾を済ませておきましょう。
「九つ言葉」とは、九つまでには、商人の子どもらしい挨拶、大人のことは、
世辞が言えるようにしました。世辞とは、現代のお世辞とは違って、「○○さん、
こんにちは、今日は暑いですね」などの挨拶や「お身体は大丈夫ですか」など
の相手を思いやる言葉を付け加えていくことができるという事です。
九歳までには、どのような人にも失礼でない言葉遣いができるようにしましょう。
「十二文」とは、十二歳までに、主人の代書(注文、請求書や苦情処理な
ど)ができるようになる。商家の主人にどんなことがあっても、すぐに代行で
きるようにするためなのです。
十二歳までに、いろは四十八文字の手習いから始まって、数字、納品書、請
書苦情処理書など、さまざまな用途にわたる手紙の書き方をマスターしておきましょう。
「十五理」とは、十五歳では、物事の道理(経済・物理・科学・心理など)
が理解できるようにさせる。この年齢になると、その子の将来がわかってきま
す。商人に向く子ども、学者の道に進む子・その他の道に進みたい子どもの様
子が見えてきます。子どもの個性を尊重して、能力を洞察し、将来を見抜いて、
その子にあった道に振り分けるのが、寺子屋の師匠の務めだったそうです。
十五歳までに暗記ではなく、こうした諸々のことが理解できるようになっていないと、将来商人として使い物にならないことでしょう。
このような江戸のしぐさとして、家庭で育て、丁稚として育ってきて、一人前の商人になっていったこのことは、数え年で行っているのだろうという事を考えあわせても、年齢に合わせていったものは数少ない子育ての指針だったようです。
育つときには育つのだから、その子どもに合わせて様子を見ていればいいという個人重視の考え方も大切ですが、伝えていかなければわからないこともたくさんあります。伝え、様子を見て、伝えたことが少しでもできた時には認めていくことを繰り返すことによって、子どもは育っていくのだと思います。そして近くにいる大人は、良いモデルとなっていくことが大切と思います。 芝木 捷子
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